アメリカに2ヶ月住んでみて気づいた「異文化理解」とは?
D-flat代表のごーやんです。
ご存知だと思いますが、現在シアトルに留学中です。こちらに来て2ヶ月半が経過しました。
もともと純ジャパなので英語には苦労しておりますがそれはさておき、その中でも色々と気づいたことがあるので書こうと思います。
第一弾は「異文化理解」とは何かということです。
D-flatは「人や組織の理想をDesignする」という理念のもと、100の個人、100の組織があればその理想は異なると考えています。
これは一般的には「人はみんな違ってみんないい」とか「多様性」とかと言った言葉で表現されたりもします。 これって今までは日本人に限った話だったんですが、当然外国人にまで話を拡張することができます。今まではそんなことなかなか考えなかったのですが、こちらに来て考える機会がたくさんありました。
そもそも文化って何?
今まで海外旅行は何度か行っていましたが、「住む」ということは初めてだったので、いろいろな衝撃に出会いました。とはいっても「異文化理解は大切」という話は何度も耳にして来ました。でも、
「うんそうだよな」
としかならないですよね、正直。笑 何の実感もない上に、概念として持っていてもあまり意味のない言説です。
多分これを理解するには「”Culture”って何?」っていうことを理解する必要があるなと思いました。日本語で訳すと「文化」ですね。よく「日本文化」とか「アメリカ文化」みたいに言われるので、国ごとに文化があるんだなぁ、っていうのはイメージしやすいですね。
じゃあ「アメリカ文化」って何ですかね?
「ハンバーガーを食べる?」「ピザを食べる?」多くの人がそう思いますよね。
じゃあ「イタリア文化」って何ですかね?
「ワインを飲む?」「パスタを食べる?」「イタリア人はみんなパスタを食べる?」
じゃあ「日本文化」って何?
「抹茶を飲む?」「寿司を食べる?」「チームワーク大好き?」
うん、なんか違和感ありますね。 抹茶そんなに飲まないですよね。寿司って2ヶ月に1回くらいしか食べないですよね。個人プレーが好きな人もたくさんいますよね。
こうやって自分たちに置き換えてみるととても危険なことがお分かり頂けると思います。
では逆を考えてみるとどうか。「アメリカ人はハンバーガーを食べる文化がある」こんなイメージがいかに間違っているかっていうのがすぐに理解できるかと思います。アメリカ人でもハンバーガーを食べない人なんてたくさんいます。僕のこっちでの親友はまず食べませんし、僕のホームステイ先では、ジャンキーフードが出て来ることは一度もありません。ヘルシーなアジア料理が出てきます。味付けも極めてシンプルです。
「いやいやそれはそうでしょ」って思う方もいるかもしれません。
では「アメリカ人はフレンドリー」こういうのはどうでしょうか。こういうふうに思っている人は多いんじゃないかなと思いますが、もちろん、全員がフレンドリーなはずないですよね。いろんな人がいますよ。だっておんなじ様に日本人もいろんな人がいるじゃないですか。それを履き違えてズケズケとパーソナルスペースに入って来る人が多いと聞きました。
つまるところ人間は人間
そう考えると、文化なんていうものを考えるのは馬鹿らしくなって来ますね。だって、僕らおんなじ人間なんですから。そう、これがとても重要!今かなり重要なことをすらっと言いましたがw
人間は人間なんです。そこは変わらない。その上にくっついている表層的なものが文化なんです。 同じ人間として、感情があるし、欲望があるし、多様性がある。その理解から入ることが重要だということを来た瞬間に悟りました。
文化は絵の具みたいなもの
じゃあ文化は何か。先ほども言った様に表層的なものだと思います。そしてそれは単に環境に依存しているもの。
例えばアメリカに住むか日本に住むかで違いは生まれる。もちろん、この小学校に行くのとあの小学校に行くのでも違いは生まれます。
そう、違いを生むものは「国」だけではないんです。あの会社に入るかこの会社に入るかでも違うし、あの人と一緒にいるかこの人と一緒にいるかでも違う。
そしてふと僕は人間を白いキャンバスに例えてみました。真っ白いキャンバス。
もちろん人間はどこに生まれようが、誰から生まれようがおんなじ様に真っ白いキャンバスを持っている。そして、そこから色を塗っていくんです。文化という名の。
日本に22年間住み、アメリカに1年間住んだ人と、日本に15年間住み、アメリカに8年住んだ人だったら、出来上がる色は当然違う。日本というのが赤色だとすれば、アメリカというのが青色で。でもそれだけではなく、僕の家族はオレンジ色を持っていて、僕の小学校が紫色を持っていて。
「自分が入り込んだコミュニティ」すべてが絵の具を持っていて、自分が持っているキャンバスに色を載せていく。
そんなイメージ。 だからどこに住んでいようが、おんなじ国に住んでいようが、みんなそれぞれ固有の色を持っている。いろんな色が混ざり合って自分の色を作っているんです。その色はどんな色をしているのかを考えることが「異文化理解」だと思います。
色塗りと色の理解
僕は「日本人」という色がついています。でも今環境を変えたことによって、付き合う人を変えたことによって新しい色がこれからついていきます。
そうやって自分固有の色を作る。それこそこっちにきた意味だと思いますし、いろんな色を理解すること、その色の中に浸ってみることはとても重要なのだと思います。
そういう意味で、「留学でしかできないことって何ですか?」って聞く人いると思うんですが、「新しい色を作る」「より多くの人の色を理解する」という点は間違いなく、留学の理由になりうると思います!
共感・異論・反論・アドバイスなどありましたらコメントください^^
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